床下日記

主に感想文

ガラナと台風と私(の物忘れ)






北海道から関東へと帰る日

母の「ガラナ持っていけば?」

この一言からパスタの長く暗い一日が始まった。

「え?うーん、じゃあ何本か」

ガラナとは北海道で愛される炭酸飲料。独特の香りと味がクセになるうまさ。
母に促されお土産用の手提げにガラナを詰める。

「いや、重くなるしさ、キャリーバッグに入れなよ」

「あ、そだね」

母の一言に空返事をするパスタ。

その時に過ちに気付いていれば、パスタにはまた違う人生が待っていたかもしれない……。



早朝の便だったため、朝早く空港に向かった。
カウンターで荷物を預け、なんの問題もなくフライト。

そして無事に羽田へ到着。

飛行機にも慣れたもので、1時間くらいはあっという間の旅路である。

空港に着き、真っ直ぐ荷物受け取り場に向かった。

ベルトコンベアに乗って流れてくる自分のキャリーを取り、そのまま電車へ。

電車に乗り、一息ついた時、何故か周りがこちらをチラチラと見ていることに気づいた。

なんだ?荷物が当たったか?

パスタは手に北海道土産を抱えていたため、もしかしたらそれがぶつかってしまったか?と思った。

とりあえず周りに配慮しつつ手荷物を抱え直す。

そうして、ふと足元を見た時だった。

ここでようやくパスタは自分の犯した過ちを思い知る。

自分のキャリーバッグから何か茶色い液体が流れ出ているではないか。

しかも、かすかにではあるが、何やら薬品のような匂いがあたりに漂いだしている…。

そして、パスタは全てを悟った。

これは、キャリーの中で、ガラナの缶が破裂している!!!

そう、「機内への缶類の持ち込みは厳禁」である。

こんなあまりにも初歩的なミスをするなんて、自分で自分が信じられなかった。憎らしかった。

母は飛行機を滅多に利用しないため、そんな常識ともいえることを知らなかったのだ。

我が子の荷物が軽く済むようにと、まったくの善意でキャリーに詰める事を提案してくれたのだろう。

母を責めることはできない。気が付かなかった自分を責めることしかできなかった。

行き場のない怒りが、パスタの心を支配していく―――


とにかくパニックだった。

周りの目に耐え切れず飛び降りた駅のホーム。

名前もわからない小さい駅だった。

そこで恐る恐るキャリーバッグを空けると、お土産や衣服が変わり果てた姿となっていた。

茶色い水たまりに沈んだシャツは、新雪のように真っ白だったその色を春の路肩の雪のような色に変え、友人たちへ渡すはずだったお土産は箱がふやけて、中まで浸水。見るも無残だった。

どうしようもない悲しみと怒りの感情がせめぎ合った。

とにかく家に帰るしかない。そして一刻も早くクリーニングに出すことが、最善ではないか。

そう思い、くたびれた肌着を諦め、雑巾に再利用。一通りキャリーに溜まった水分を拭き取り、お土産は小分けのビニールに移し替えた。

一通りの始末を終え、再び電車へ乗る。

お土産を小分けにしたせいで手荷物は倍以上となってしまった。

重荷だったノートパソコンは網棚へ乗せ、席につき、大きくため息をついた。

「まぁ、ガラナは後々笑い話にしよう…」

そう心で近い、電車を降りたのだが、改札口を出たパスタの眼前に広がった世界は無情だった。


この日は運悪く台風が日本列島を直撃していたのだ。

北海道は晴れていたし、東京に着いた時点ではそこまで雨は強くなかったため、たかを括っていたが、ここで本降りに直撃。

パスタは傘を持っていなかった。

傘が、ない
君に逢いに行かなくちゃ…

この無慈悲な世界を、冷たい雨の中を、ただただ走り抜けることしかパスタには出来なかった。

パスタは走った。

降りしきる雨の中、すでにガラナでふやけたお土産を抱え、走った。

走って5分ほどの距離、なんとか目的の建物まで走り切ることができた。

お土産はすでにボロボロだったが、この際仕方あるまい。

安心し、帰路に着こうとしたその刹那。

パスタは恐るべきことに気が付いてしまうのだった。

ノートパソコンが、ない―――――



無いのだ。

もはや生活の要とも言えるノートパソコンが。

パスタはハッとした。

電 車 に 忘 れ た 

その瞬間、パスタはなんの躊躇いもなく、再び豪雨の中へ飛び込んでいた。

一刻も早く戻らねば。

電車はまだそう遠くへはいっていない。

横浜辺りで見つけられるはずだ!

駅へと戻ったパスタは、乱れる呼吸を直す間も惜しんで、改札口でパソコンを忘れてしまった旨を告げる。

しかし、駅員から告げられた言葉はパスタに冷たく響いた。

「今日、台風でダイヤ乱れてるんで電車特定できないし、捜索は困難です」

そ、そんな…遅れている電車を特定するすべがないというのか…!?

さらに、

「横浜、ちょっと多忙なので探せないですね」

ば、ばかな…確かにこの雨で忙しくないわけなかろうが…。

自分の過失による忘れ物で駅員に怒鳴るほどパスタは愚かではなかった。

現実を受け入れ、可能な限りで捜索をしてもらうことにした。

寒さと紛失のパニックで震える体を抑えつつ、待つこと10分ほど。

駅員から捜索の結果を告げられた。

「今、○○駅で見たんですけど、それらしきものはありませんでした」

終わった。

パスタの目の前が、まっくろになった――――


パスタはこの世のすべてが憎かった。

ガラナも、台風も、自分さえも……。

雨で全身ずぶぬれだし、手持ちのお土産やキャリーはガラナまみれだし、最悪の気分だった。

すぐにでも家に帰りたかったが、パソコンを諦めて帰ることは出来ない。

途方に暮れたパスタは駅の改札外でキャリーに腰かけて一人呆然としていた。

この大雨が、残酷な現実をすべて洗い流してくれればいいのに……

そう、思いながら。


どれくらい時間が経っただろうか。

あらゆる負の感情を抱え、憔悴したパスタは、恐らくとてもひどい顔だったと思う。

お昼も過ぎ、空腹も限界となってきた頃、とりあえず一旦帰ろうと思い、ふらふらと立ち上がった。

ただ、帰る前にもう一度だけパソコンが無いか確認をしよう。

迷惑を承知で改札の駅員へと再度申告をした。

「申し訳ないのですが、もう一度だけ探していただけませんか」

すると、駅員はこう言ったのだ。

「あ、今調べたらありましたよ。××駅です」

青ざめていたパスタの全身に再び血が巡り始めた――――



××駅って、○○駅よりも数駅前の駅なんですけど。

○○駅でなかったのに、××駅であった?

○○駅で本当に探しt(ry


いや、この際どうでもいい!

あったのだ、パソコンは、あったのだ!!

圧倒的歓喜の中、パスタは狂喜した。


その後、無事ノートパソコンを引き取り、自宅へと戻ったパスタは、ボロボロになったお土産を整理し、茶色くなったシャツたちをクリーニングに出した。

そして、汚れたキャリーバッグを洗いながら、パスタは思った。

初歩的なミスこそ、最大限に気を付けなければいけないのだ。

これはどんな作業にも当てはまることだろう。

今回も、冒頭でガラナをキャリーに詰めて飛行機に乗るという至極単純なミスから連鎖的な不運が生み出された。

人は油断する生き物だ。

そして、その油断が命取りとなるシーンは人生で度々訪れるだろう。

それを防ぐために、確認が必要なのだ。

確認を怠らないことが、何より大切なのだ。

台風が過ぎ、晴れ渡る空の下、パスタは強く心にその想いを刻むのだった―――――